2022年9月に自転車旅をしました。大学編入試験が終わり、関西にいるうちに九州を一周することにしました。
計画
九州は非常に大きく、一周すると1000キロ以上あります。また、山が多くて山中でキャンプするのは非常に危険です。そのため、今回は基本的にはネットカフェ等の施設で宿泊することにしました。
このメリットは、安全な環境で寝れるというのがあります。一方で、適当な場所で寝れないので、その日中に決められたゴールまで行く必要があります。そのため、東京~仙台の旅以上に計画的に進むことが必要でした。
9月の九州は台風の季節です。ロードバイクは雨や風に弱いので、台風に気を使いながら進まないといけません。
ルート設定
おおよそ時計回りで進み、別府やマレスを経由して一周することを計画しました。各日程で約120kmペースで進むつもりでした。
0日目
六甲アイランドから出ているフェリーで九州の福岡の新港まで向かいました。フェリーなので自転車はそのまま乗せられました。これは結構なメリットで、ロードバイクって畳むのに30分はかかるのですが、畳んで開くのに一時間以上の時間を削減することができました。
フェリーの個室は相方がおらず、一人で使うことができました。男性浴場には露天風呂が付いていて、非常に素晴らしいフェリーでした。

1日目
朝の7時に新港に着きました。この日は時計回りで別府やマレスを計画しました。だいたい120キロぐらいです。

まず、降りた場所にほど近い北九州にある北九州高専に寄りました。一日目は街中だったので、非常に走りやすかったです。唐揚げで有名な地について考えましたが、店探すのが面倒くさかったので、マックに入りました。自転車の旅ではマックをよく使います。
この日は、夕方から山に入りました。大分県の別府大分の上川は山になっています。国東半島を回ることも考えましたが、非常に時間がかかるので、山越えすることにしました。武蔵野あたりから山の中に入りました。
サンリオハーモニーランド
一番印象的に残ったのはサンリオハーモニーランドです。この日は営業していなかったのか、誰もおらず、「ハーモニー」という名前と、ユートピア的な名前と見た目のディストピアなギャップを感じました。

そして、夜の7時半ぐらいに別府に着きました。日が暮れる前に山を出て良かったです。
2日目
午前中は観光することに決めていました。別府には多くの温泉があります。私が目指していた温泉は「別府温泉保養ランド」というところです。ここは、ドロドロの泥の中に浸かるもので、泥湯が有名です。
泥の中に浸かってみました。聞いてきた通り、中に包まれている感じでした。ただ、非常に暖かいのがびっくりしました。

また、温泉の中で声をかけていただいた、舞鶴高専卒業で社長をやってる方がいました。さくらのインターネットという会社に勤められているとのこと。非常に緊張しましたが、非常に進化していて親近感を感じました。
温泉にはよく行きますが、これまで行った中で一番良い温泉で、ここを超える温泉には行ったことがありません。
その後、大分高専に寄りました。その後、雲山だったのですが佐伯市まで行きました。佐伯市の分近くの坂の多い箇所でパンクしてしまいました。わたくし、パンクしたのが初めてだったので、非常に焦りました。なんとかホテルにたどり着いて、ホテルの中で修理してもらいました。今思えば、チューブタイヤの径と合っていなかったようです。
3日目
この日は朝から山の中でした。佐伯市から山に入ってそのまま宮崎県まで。宮崎県の日向市を目指しました。
国道なのですが、ほとんど山で、非常に厳しい道でした。基本的に、JRの本線沿いに進むのですが、その中で「宗太郎駅」という駅がありました。コインランドリーのお姉さんに教わったので寄ってみました。

私が来たときは観光客がいなかったのですが、写真を撮っていると、観光列車が来てめちゃめちゃ人が増えました。
この日は、天気は曇りでしたが、途中雨も降ることもありました。ギリギリなんとか持ちこたえて、宮崎県の延岡市まで出ることができました。延岡に着いた時は、びしょびしょだった記憶があります。
次の日、台風がやって来るとは夢にも思っていませんでした。
4日目
朝から台風でした。結構やばいっぽくて、警戒レベルの避難勧告が延岡市に出されました。朝、外を見てみると、堤防の上で水が溢れているのが見えました。怖かったです。
もちろん、この日は進むことができず、一日ホテルで過ごしました。一泊だけの予定だったのですが、フロントに一泊延長していいか聞くと、快く受け入れてくださって、本当に助かりました。

5日目
朝、川を見てみると、それでも氾濫危険水位に達していました。大丈夫そうになったところで、昼ごろ延岡市を出ました。
「とる駅」という可愛いイケメン駅への道がありました。また、日向岬という場所に寄りました。この日は東まで行って、日向市でネットカフェで寝ました。

6日目
この日は台風が過ぎて非常に天気が良かったです。宮崎県は海岸線がまっすぐなので非常に走りやすいです。一気に南下して宮崎市まで出ました。


昼過ぎに宮崎市に到着しました。街に生えている木々や並ぶ食材など、どこを見ても南国感が漂っていて、本州とは全く違う雰囲気を感じました。一区切りついたところで、夕食はお寿司を食べました。まあまあおいしかったです。
7日目
実は前日の宮崎市到着時点で、自転車のスポークが折れていることが判明していました。この日はまず修理に向かいました。都市部だったので自転車屋を見つけられましたが、もし山の中でスポークが折れていたらと思うと、背筋が凍りました。
昼過ぎに宮崎市を出発し、そこから山登りに入りました。宮崎を抜けると鹿児島まで山を越えることになります。その山の頂上にあるのが都城市です。高専ロボコンで非常に強豪として知られる都城高専の所在地として以前から気になっていた場所で、実際に行けて感慨深かったです。道のりは急というほどではないものの非常に長く、体力的にかなりきつかった記憶があります。

そして都城を出ると、今度は霧島市まで一気に下ることになります。距離にして8キロほどですが、非常に急勾配で本当に怖かったです。スピードが出すぎてずっとブレーキをかけ続けていました。無事に鹿児島県の霧島市に到着し、この日もネットカフェに泊まりました。
8日目
この日はまず鹿児島高専に立ち寄りました。市街地に近い場所にあって、正門も非常に綺麗なのが印象的でした。
そして桜島が見えてきました。桜島を囲む道をぐるっと周りながら鹿児島市街へ向かいます。

鹿児島駅も立派で思わず見入ってしまいました。そして、ここで九州を右回りで来た国道と左回りの国道、10号と35号の合流地点に辿り着きました。ようやく半分という実感がこみ上げてきました。

9日目
このままただ北上するのではなく、せっかくここまで来たので屋久島に行くことにしました。縄文杉を一度見てみたいというのは昔からの夢でした。
屋久島行きのフェリーは基本的に自転車を乗せられますが積載制限があります。予約がギリギリだったため制限に引っかかってしまい、自転車を荷物として折り畳んで持ち込む形になりました。出港が朝8時と早いので、自転車を畳む時間を逆算しておく必要があります。次に行く機会があれば早めに予約しておきたいところです。

4時間ほどかけてお昼に屋久島に到着しました。天気は快晴で最高のスタートです。島では「民泊すぎの子」にお世話になることにしました。
10日目
いよいよ縄文杉へ。入山には役場での届け出と入山料の支払いが必要です。また民宿の方がお弁当を用意してくださいました。
登山口へはバスで向かいます。朝4時頃に出発して、集合場所まで連れて行ってもらえます。最初のうちは昔木材を運んでいたレールの跡に沿って歩いていきますが、途中からレールが消えて獣道に変わっていきます。苔やキノコが随所に生え、縄文時代にタイムスリップしたかのような雰囲気が本当に新鮮でした。


一人だったこともあり足が速く、朝9時半頃には縄文杉に到着できました。道中には「ここを○時までに通過できない場合は引き返してください」という看板が立っていますが、問題なくクリアできてよかったです。

余裕があったのでゆっくりと眺めてから下山しました。帰りに縄文杉の木で作られたお箸を購入し、今も大切に使っています。
11日目
この日は自転車で島内をサイクリングしながら、海辺の露天温泉を巡りました。「湯泊温泉」と「平内海中温泉」の2か所です。
湯泊温泉は砂浜の中に湧いていて、外から丸見えなのでなかなか勇気がいりますが、一人旅のうちにと思い切って入りました。38度くらいのちょうどいい湯加減で、到着した時は私一人だったこともあり、この絶景を独り占めできました。本当に最高でした。

平内海中温泉は地元の方に人気の温泉です。こちらでは、来年から医師として働き始めるという私より少し上の青年と話しました。また、東京でサラリーマンをされていたものの、定年前に一念発起して屋久島に移住してきたというおじさんとも言葉を交わしました。そういう生き方もいいなと思いました。

夜はヤクシカのジビエ焼肉を食べました。本当に美味しかったです。
12日目
フェリーで鹿児島本土に戻りました。この日はゆっくりとネットカフェで体を休め、翌日からの旅に備えました。
13日目
鹿児島市を出発し、いちき串木野市を通って薩摩川内を目指しました。この日は朝からずっと土砂降りで、コインランドリーで雨宿りしながら何とか前に進む形でした。本当に最悪な天気でした。
そしてこの日、宿に着いたところで背中に強い違和感を覚えました。鏡で見てみると、背中一面が真っ赤に焼けていました。屋久島の海中温泉で長時間直射日光を浴び続けていたのが原因のようです。薬を何種類か購入しましたが、これが後々この旅の致命傷になっていくことになります。

14日目
薩摩川内を出て北上し、水俣市まで行きました。水俣病資料館には絶対に行こうと決めていました。
資料館周辺は国営で綺麗に整備された開放的な公園になっていて、かつて日本の四大公害の一つが起きた場所とはとても思えないような穏やかな景色でした。しかし資料館の中を見ると、本当にそういう歴史があったのだと重く受け止めました。加害企業が悪いと言ってしまえばそれまでですが、現代の科学技術の恩恵を受ける身として、しっかり考え続けなければならない問題だと強く感じました。

水俣でお昼を食べていると、通りかかったおじいちゃんが話しかけてくれました。九州を一周しているんですよと言うと、とても褒めてくださってアクエリアスを買ってくれました。こういう偶然の出会いでいただいたものがどうしても捨てられなくて、このペットボトルは今でも実家に保管しています。

水俣を出ると海岸沿いを走ります。途中、海の上に建てられた廃校に立ち寄りました。廃墟や廃校を見て回るのが好きなので、圧倒的な存在感のその場所はとても印象的でした。なぜこんな場所に建てたんだろうと不思議に思いながらも、妙に惹きつけられました。

そのまま北上して熊本県の八代市へ。ロボコンで非常に強豪として知られる八代高専のキャンパスに立ち寄りました。九州の高専は本当にロボコンが強いですね。この日は背中の痛みが限界に近かったのでホテルに泊まりました。

15日目
翌朝、熊本市まで北上しました。本来であれば長崎・佐賀を回って旅を締めくくるつもりでしたが、背中の日焼けの痛みがどうにも耐えられない状態になっていました。これ以上進むことは無理だと判断し、旅を終えることを決めました。帰るなら新幹線で地元の兵庫まで戻れる場所にするべきと考え、熊本で旅を終わりにすることにしました。

翌日、新幹線で帰宅しました。本当に悔しかったです。あと長崎と佐賀を残すのみというところまで来ていたので、なおさら。

おわりに
九州一周の旅はあと少しのところで完走ならず、という形になってしまいました。いつかまた機会を作って、長崎・佐賀をぐるっと回ってみたいと思っています。天草にも行ってみたい。ただ、それは日本海側や中四国地方を走り終えてからになるかなと思っています。