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「冒険としての社会科学」感想

書籍紹介

「冒険としての社会科学」 著:橋爪大三郎 発行:洋泉社

感想

マルクス主義としての社会科学

マルクス主義は、社会主義者カールマルクスによって提唱された、国のあり方である。資本論によって描かれた、コミューンを一つの社会単位とし人類の共存共栄を夢見る世界に、マルクスが立ち会うことはついぞなかったが、20世紀前半にロシア革命が起こり、帝政が打倒され共産主義国であるソビエト連邦が誕生した。 日本でも学者を中心とした共産主義者によるプロレタリア革命が恐れられ、大日本国帝国下では私有財産制を打破する試みが禁止され、警察による厳しい取り締まりを受けた。

終戦後、GHQは日本の安定した占領をめざすとともに、主権を国民のものとした。そして国民には自由を与えた。結果として、日本共産党が結成された。この組織はソビエト共産党の支部的な立ち位置であり、本部から告げられるテーゼ(命令みたいなもの)に則り活動を行った。

マルクス主義は結構広がったが、革命の方針の違いなどから統廃合を繰り返し、連合赤軍によるハイジャック事件により機運は完全に消沈したといえる。

現代に生きる日本人としての社会科学

社会契約説によると、私たちは生まれた瞬間から、国家と契約を結び、権力に抑圧されながら憲法に保障された範囲内で自由に生存活動、とくに経済活動を行う。日本国憲法には国体としての資本主義は明記されていないが、それに則り自由に経済活動を行った結果として、ブルジョア階級とプロレタリア階級が形成される。そして大企業をはじめとするほとんどの企業は世襲制であり、階級が固定化される。つまり我々は、生まれた瞬間プロレタリア階級として生きると国家と契約するのである。

読了まで、この観点はあまり頭になかった。隣人と同じ大学を出て、隣人と同じ企業に就職し、隣人と同じように昇進して定年を迎えるという一本のレールが鮮明に浮かび上がった。

私はそのような人生がつまらないとは思わない。むしろほとんどの学生がその道を選択するのだからベターな選択肢であることに間違いない。問題は、新卒一括採用という社会システムを了承したうえで本当にその道を選んでいるかということだ。一括採用と非一括採用の2パターンがあり、そのうちの片方を自由意志で選択していなければ、それはまさにレールに乗せられた人生となる。悪くはないかもだが、自分の人生に社会システムが介入していやだと思わないのだろうか。私はいやである。一度きりの人生なのだから、全部自分で考えて生きたいと思うのである。